季・時どき」(海鳥社)

あとがき

 昨年は春と秋の二度長崎に帰った。子供のころ、夢中になって遊んだ凧揚げを見るためである。これまでに書いてきたエッセイをまとめて見ようと思い立って、新聞の切抜きや雑誌を出して見て、ふるさとや子供時代のことに触れて書いたものが意外と多かったのには驚いた。それにしてもいろいろなところに出かけ、いろいろな人に出会い、その時どきの思いを積み重ねてきたものだと思う。ここには書き綴ってきた文章のすべてを収めることは出来なかった。

 私にとって今年は古希の年である。よく生きながらえたものだと思う。五月は療養所ぐらし五十年目の月である。療養所に来たのは麦秋が燃え盛っているような季節であった。

 私がハンセン病を発病したときから、父は生きる気力を失ったようになってしまい、母はため息と涙に明け暮れた。父はおそらく私が成人することもなく死ぬと思い、そう思い込んだまま他界した。いま古希を迎えようとしている息子をあの世からどういう思いで眺めているのか。せめて安堵の思いであってくれればいいがと願う。

 遥か遠くへ生きてきた身は、この年月、どれほどの人の手を煩わしたことだろう。半世紀にわたる人々に礼をいうすべもないが、春の景色に言伝しようか。

出版に当たって海鳥社の方々にお世話になった。記してお礼としたい。

平成十四年四月                風見治










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