あとがき

 これまでも出版の誘いがなかったわけではないが、そのたびに私は消極的な返事をしてきた。現代の本の洪水の中で、自分がここまで書きつづけてきた作品が、他愛もなく押し流され、沈められて行くのを想像すると、本にする勇気が湧かなかったのである。

 そこで私が思っていたことは、そっとして置いてやろう、同人雑誌の頁の片隅で息づいているだけでいいではないか、とそういうことだった。

こんな私が作品を一冊の本にしてみる気になったのは、人と人との出会いによったし、「らい予防法」廃止という社会的動きにの余波によったのかとも思う。

最初に「らい」と診断されてからすでに半世紀が過ぎた。この時間の積み重ねが、私に何をもたらしたのか。私はそこから何を得ようとしたのか。そして何を獲得できたのか。「火山地帯」という同人雑誌に、怠けたり、一生懸命になったりして書きつづけた三十余年にわたる作品が、その片鱗でも語ってくれるのかどうか。

「らい」を病んで生きたというだけで、不幸だったと思われるかもしれない。たしかに苦渋に満ちていた。だが、私はいま、自分は意外と人生を楽しんできたのではないかと、ふりかえってそう思ったりする。正確にはそういう心境に到達しつつあるということであろう。

私のこれまでの人生を支えてくれた多くの人々、作品活動を支えてくれた「火山地帯」に、一冊をもって感謝としたい。

出版に当っては記録作家の川原一之氏、海鳥社の西俊明氏にとくにお世話頂いた。月並みだが、ここに記してお礼としたい。

1996年2月                 風見治




著書

鼻の周辺」(海鳥社)
「祝福」「鼻の周辺」「スフィンクスに」「不毛台地」「不在の街」「絆影」の6篇

戻る