一椀の大根おろし

初夏の宵なり
病み疲れた寝臺に起出でて
ほろ苦き一椀の大根おろしを喰らふ
肌あらき病衣に痩躯を包み
ぼつたりと重き繃帯に肉又(フォーク)を差込み
わたしはがつがつと大根おろしの一椀を喰らふ
思へば病みてより早や幾とせ
げにこれまで生きながらへて来たるものかな
一驚を喫す 一驚を喫す
見よ、己が姿(かげ)
而して思ひをなせ
日夜 病菌の裡に住へど
かくいのちの在るは嬉しからずや
貧しき一椀の大根おろしを愛ずるは幸ひならずや
われとて何時の日か
父の御許に帰り行くらん
なべてはそれまでの愛の十字架
ああ忘れ得ぬ人の世の一事ならずや
さらば 喰らはん 餓鬼の如くに喰らはん
大根おろし 大根おろし
涎と汁とそして涙と
ああ初夏の宵の一椀の大根おろし・・・・・

(昭和十四年「山桜」九月号)

 

 

この詩を東條の代表作だろうと、「倶会一処」の中で松本馨が書いていたが、たしかに、この詩にはがっしりとした人間の存在感がる。

東條の言葉は、重い。ずしりと読む者のこころに落ちてくる。

「大根おろし」は、それだけで単品で食べてけっして美味しいものではない。

それが食事であったのか? 

そうなのかもしれないが、東條が表現として、当時の食事に対する象徴に、そして、食事を摂るということの人間の存在の象徴に、「大根おろし」はあるのだと思います。

極論すれば、東條の存在のすべてが、大根おろしに象徴されているのだと思います。

   一驚を喫す 一驚を喫す

これはどんな思いなのでしょうか?

食べると言うことは生きているということを強く意識する。「生きているんだ 生きているんだ」という思いなのではないでしょうか。

   かくいのちの在るは嬉しからずや

この絶唱に響いてくるのだと思います。

しかし、東條は、もうこの時期から、死後の世界にだけ目を向けているのですね、

   われとて何時の日か

父の御許に帰り行くらん

なべてはそれまでの愛の十字架

北條民雄の存在は、東條にとってとても大きかったのではないでしょうか。

東條の、病を得、社会に絶望するその抵抗の、レジスタンスは北條と言う友があってはじめて生き生きと意識できるものだったのではないだろうか。北條亡き後、東條ひとりでは、そのこころは持ちこたえられなかった、神へこころを向けるしか東條が東條でありえなかったのではないかと、私は、彼の27歳と言う若い晩年を、そのように受け取っています。 

   さらば 喰らはん 餓鬼の如くに喰らはん

大根おろしを食べる人間の姿は、あまりにも・・、寂々たるものであります。



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