樹々ら悩みぬ

―北條民雄に贈るー
           
月に攀ぢよ
月に攀ぢよ
   樹樹ら 悲しげに 身を顫はせて呟きぬ

   蒼夜なり
   微塵の曇りなし
   圓やかに 虔しく 鋭く冴え
   唯ひとり 高く在せり

月に攀ぢよ
月に攀ぢよ
   樹樹ら 手をとり 額をあつめ
   あらはになりて 身を顫ふ
   されど地面にどっしりと根は張り
      地面はどっしりと足を捉へ

  (悲しきか)
  (悲し)
  (苦しきか)
  (苦し)

   樹樹らの悩み 地に満ちぬ
   彼等はてもなく 呼び應ふ

ああ月に攀ぢよ
月に攀ぢよ
   樹樹ら 翔け昇らんとて
   翔け昇らんとて 激しく身悶ゆれど
   地面にどつしりと根は張り
   地面はどつしりと足を捉へ
 

           (昭和十二年 四季 十一月号)

 

これは副題に「北條民雄に贈る」とあるのですから、北條民雄にむけて書かれた詩でしょう。北條は、昭和1212月5日に亡くなっている。
8月頃から、腸結核で、どんどん、激しく衰弱してゆき、亡くなったのである。それを最もこころを痛めて傍で見ていたのが東條でしょう。

   樹々ら悩みぬ

「樹々ら」は「じゅじゅら」と読みたい。

   月に攀ぢよ

「攀ぢよ」の「よじよ」との韻がよくて、悩むと言う混濁した意識のイメージを、その方が、膨らませてくれるからです。

月にすがる思い、それは、北條に向けて頑張れよといっていると同時に、東條は、自分自身も、月に祈りたい、民雄頑張ってくれよと、大きく高く手をさし伸ばしているのでしょう。民雄と自分、それが「樹々」なのだろうと思います。

  (悲しきか)
  (悲し)
  (苦しきか)
  (苦し)


これは、祈りの言葉なのだろうか?

私は、北條民雄との意識の対話のように受け取りました。(悲しきか)、小説も書けなく臥している民雄に悲しいかと問う、(悲し)と民雄が答える。(苦しきか)、どんどん衰弱している民雄に苦しいのかと問う。(苦し)と民雄が答える。

友情厚いふたりの、この意識の対話こそが祈りでしょう。

   樹樹ら 翔け昇らんとて
   翔け昇らんとて 激しく身悶ゆれど

ふたりの祈りは強いのだけれど、

   地面にどつしりと根は張り
   地面はどつしりと足を捉へ

現実は厳しく重く、ふたりに圧し掛かってくるのです。それでも、ふたりは「月に攀ぢよ」と祈らないではいられないのです。

 


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