桐の花

桐の花の下に佇つと
胸の鼓動は昂かつた。

桐の花びらを噛むと
ほろほろと苦い、ぼくは胸が熱くなつた。

つひ知らず切裂いた花びらに
つうーん つうーんと
ぼくは水つぽい寥しさをなめた。

せめて咲いている間を
きょうもまた見る花なのに
何故にかうも懐かしいのか
苛ただしいのか悲しいのか
桐の花よ。

桐の花は紫ぼかし
何故にお前は花をつけた・・・・

      「山桜」昭和11年、9月号より


如何でしょう?
なんと、瑞々しい、恋の感傷に溢れているのではないでしょうか!
東條は、とても無口で、大柄な人と、妹の随筆で読んだことがあるが、妻となった文子の初々しさも想像されるが、大きな東條がおろおろと、こころも身も、もてあましている様子が詩に溢れています。

  何故にかうも懐かしいのか
  苛ただしいのか 悲しいのか

懐かしくて、苛ただしくて、悲しい、この矛盾、いいですね〜
東條は、まさに詩人だと思います。
一番感銘的なところは、最後のところ

  桐の花は紫ぼかし
  何故にお前は花をつけた・・・・

「紫」というところに、侵しがたい東條の心理が出ていると思います。そして、「何故にお前は花をつけた」、これは、自分に返している言葉ですね、「何故に自分は・・・」と、妻という運命共同体に感謝と憐憫の入り乱れた哀しさを詠いあげているのだと思います。



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