風見氏のジョーク
「風見治を詠む」中に

    恋猫やぶら下がり器は首吊り用です   秋

という、私の、分けの分からない句があります。
風見さんの住まわれる星塚敬愛園に、この4月、行ったことがあります。
風見さんは、絵の展示で、鹿児島のホテルに泊まっておられて、留守の家を拝見しました。
その園には、島比呂志さんの住まわれていた家もそのまま残っていて、両方を、外からうろうろ覗かせてもらいました。
島さんの家は、どなたも住まれていないということもありますが、庭は枯山水を思わせる風情の庭石があり、とてもきちんとしていましたが、風見さんのお家は、とても雑然として、色んなものが外に出ていました。その中の一つに、ぶら下がり器がありました。
風見さんは、手が萎縮されています。スプーンで食事をとられます。療養所に行く前の日に一緒に食事をしましたので、恐る恐るですが、手を拝見していました。ペンを握るとペンが手から逃げて書きづらいとも伺っていました。そんな手ですから、ぶら下がり器にぶら下がれるようには思えなくて、何に使われるのか?、私の兄のうちのように、部屋にあれば、洋服賭けということもありますが、何に使われるのだろうか?と不思議に思いました。
翌日、風見さんにお会いして、「お家、外から拝見してきました」というと
「ははは、ごちゃごちゃしとっただろう、しかし、焼酎のビンを片付けてきとって良かったなあ・・・平生はあれに焼酎のビンがごろごろ積んである」とにやにやされているので、「ぶら下がり器もありましたが・・・」と言いますと、「あ、あれか、首吊り用においてある、いよいよ、だめになったら、あまり迷惑掛けたくないから、きゅうと往くようにね」って言われたのです。
まさか、それが本心とも思いませんでしたが、詰めて聞くこともしませんでした。
そこで、わたしも、ふざけて、「恋猫やぶら下がり器は首吊り用です」と詠んだわけです。
先日、何かの折に、ぶら下がり器の話になって、やっと、真実が分かりました。
根を詰めてペンを持っていると、肩こりが激しく、肩の凝りを伸ばすためのぶら下がり器だったのです。ぶら下がることが出来るのでした。
とにかく、本心なのか、ジョークなのか、分からなくて困ることが多くあります。

         

        恋猫やぶら下がり器は首吊り用です   秋





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