私は、「いのちの初夜」などの北條民雄の小説は、表現がかなり沈着に抑えられている、風見さんの小説「鼻の周辺」も静かな沈着した表現ではあるが、北條民雄と風見治の小説はかなり違うように思う、どこが違うのか、ゆっくり考えてみたいが、兎に角、私は北條民雄の小説にはそれほど深く感銘しなかった。
川端康成がこの「いのちの初夜」を高く評価したので、北條民雄は有名になったわけだが、私は、川端康成の小説がそれほど好きではないので、いわゆる、私好みの小説ではなかったということでしょう。
しかし、「ハンセン病文学全集 4 記録と随筆」皓星社の北條民雄の「病中日記」で、私の印象は大きく変わった、すごい、生々しい生がそこには書かれていて、とにかく、感動した。
この「ハンセン病文学全集 4巻」に、同じ多摩全生園の、北條民雄をよく知る津田せつ子が、「北條さんは傲慢と言う言葉を愛した」「北條さんの書いたものには、自分の臓腑をつかみ出して投げるような、生で迫ってくるものがる」「火花のような生だった」と、激しい気性の様子が、証言として書かれている。
病中日記の中から、私が特に印象深かったところを、抜粋してみたい。

「ハンセン病文学全集 4 記録と随筆」皓星社
「病中日記」より北條民雄著引用

僕の現在たより得る思想はマルクシズムを措いて他にない。けれど、このらい病患者の北條がそれを信奉したってどうなる。いや、この言葉はうそだ。マルクシズムにたより切れない僕を発見するからだ。僕は最早階級線上から落伍した一廃兵に過ぎないのだ。しかも、この若さでこの情熱を有って廃兵たらざるを得ないのだ。僕は一体、何に縋りついたらいいのだ。しかもなお僕は、この北條が可愛いのだ。歴史の進展は個人を抹殺する。その歴史の進展に正しく参加したもののみが価値を有つ。唯物史観はさう教えるのだ。
そしてこの僕は、抹殺さるべき人間なのだ。歴史の進展に参加し得ない(積極的に)一個人なのだ。そんな人間は、死んでしまふべきなんだ。しかも、僕は死に切れなかったんだ。生きているんだ。そして、自らを愛しているんだ。どうしたらいいんだ。
僕はときどきマルクシズムを信じきれなくなるのだ。しかし、そのたびにあの正しい社会観を思い出して、僕はもう身動きできなくなるのだ。君は僕の近頃の生活の中になんらマルキストらしいものを見ないだろう。それは当然だ。僕は僕個人と、社会との間に造られた、深い洞窟に墜落してもがいている最中なのだ。君に見えるのはその苦悶の姿だけなんだ。
それから病気そのものの苦悩。隔離の不自由。部屋のないこと。
性的なもの。
文学的才能の不足。
これらが全部一丸となって僕の頭を混乱に突き落とすのだ。東條よ、君だけは僕のこの苦悩を判って呉れるだろう。

   *

文末に出てくる、東條とは、ほんとうに親友と言える間柄であったらしい。病中記にたびたび出てきて、互いに、その日の憂さを話し、夜を昼を語り過ごしている。東條の妹が津田せつ子さん。
その当時、園外に文章が出るときは「検閲」があったらしい、北條はそれを「文学の分からないやからがおれの文学を検閲するのか」と激しく嫌らった。原稿は2部同じものを書かれた。北條民雄の小説は、この親友の東條の妻、この妻は津田せつ子の親友でもあった、そのF子にしばしば面会に来る両親に託され、原文のまま世に出たものらしい。
文中に「性的なもの」と出てくるが、病中記に、「東條が女と結婚し、自分は東條の妹と結婚し、草津の栗生楽泉園に家を建てて一緒に暮らすのがいちばん良んだろうな」と書いている。
二十歳を過ぎたばかりの青年だから、当然、女性に関心がある。

   *

<病中日記>
 夜、婦人寮舎へ遊びに行く。こんな日はじっとしていることが一番よくない。S子がいる。君は僕を愛しているのか?そうならそうとはっきり言ってくれ。言葉のあや取りはもう御免だ。
 帰ってくると八時半。消灯して床に入ると、またしても骸骨の幻想だ。いやにひょろひょろと背の高い骸骨が、浮かんできて、そいつが四つん這いになってもそもそと這い回る。ふとS子が浮かんでくると、彼女の体が水晶のように透明になり、白白と骨格が見える。背の高い骸骨と絡み合って。・・・・


   *

北條民雄と言えど、二十歳を過ぎたばかりの青年だ、一人の男としての性もてあましている。しかし、どんなに悩んでも、結婚を避けたいと思う、北條の理由が面白い。(と言うのは軽率な言い方かもしれないが・・・・)

   *

<病中日記>
・・・断種とは輸精管の切断なのだ。それもよい。しかし、若しそれが頭脳に影響したらどうなるか。頭に影響はしないとは医者も言っている。それならそれを信じよう。しかし、その後2年にして夜の御用が務まらぬ、とは先日聞いた言葉ではないか。嘘か真実かそれは知らぬ。しかし、性欲が減退することだけは確実にあるのだ。体力が減退するのだ。
そんなら、どうして頭に影響が無いと断定できよう。
「東條、切実な問題なのだぞ。」
「そうだ切実な問題だ。」
沈黙。なんという悲惨な青春だろう。

   *

不謹慎な感想だと思うが・・。とても愉快だ。
北條の性格がよく出ているのではないだろうか、ふつう、こういうことは思っても日記といえど書かないと思うが・・、赤裸々に余りに赤裸々に書いている。
北條民雄にとって、文学がいのちなのだ。そして、文学に北條民雄という人間の自尊がかかっているのである。
多分、断種は、北條が書いているような影響、後遺症を持たないと思う。

>「そうだ切実な問題だ。」
>沈黙。なんという悲惨な青春だろう。

ここらに、同じ全生園の良友、光岡良二は、きっと、「北條は悲劇のヒーロー化して自己陶酔しているのだ」と、皮肉を言うのではないだろうか。






    
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