塔和子と河本睦子
塔和子さんの詩集は19冊にのぼる。今年、「塔和子全詩集」、第一巻の刊行が始まった。
その、塔さんの第一詩集「はだか木」は、1961年、河本睦子さんという若い女性の手によって生み出されたのである。
塔和子さんのドキュメント「風の舞」の映画に、第一詩集の出た経緯が映っていた。
塔さんは、はじめ、療養所で結婚をした夫が短歌を作る人だったので、短歌を作った。河本さんも、短歌を詠んでいたので、河本さんが塔さんの歌に心を寄せて、手紙を送ったのが、お二人のそもそもの出会いであったらしい。河本さんは当時二十歳前の学生であった。
その後、塔さんは詩を作られるようになり、塔さんの詩がすばらしいので、すこし本に纏めたらどうかと河本さんが提案したところ、河本さんのところに原稿が送られてきて、その原稿を、河本さんの父親が読み、これはすごい詩だと言うことで、はじめて、詩集発刊の運びになったのである。
昭和30年代の「らい予防法」施行下であった。
私が、ハンセン病文学に関心を持ち、こうして風見治「不在の街」というHPまで立ち上げたのは、「らい予防法」という法律も、それによって隔離され療養所に不自由に暮らす人が居たことも今日まで知らなかったショックからである。自分があまりにも無知であった、そのことを詫びたいような気持ちで、ハンセン病文学に惹かれてきたのだが、いまは、少しそうしたことだけでなく、ハンセン病文学には、深い人間性の、根源の美しい姿があって、こころ打たれるからだろうと思う。
河本睦子さん、当時、二十歳前の若い女性でありながら、差別偏見の社会の意識に縛られない、真理に明るい人なのだろうと思う。40年以上、塔さんを支えてこられた、河本睦子さん、心から敬意を表したいと思う。


            




       
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