塔和子、「墓」(「はだか木」より)
 墓

どんな所に置かれても光る言葉を
首にかけて置きたい

何時までたっても色あせない言葉を
目の底にやきつけて置きたい
長い長い時間の歴史の中で
美しい風化を遂げた言葉の清潔さを
耳に飾って置きたい

  私の言葉の墓だ

私の血と肉をくぐって
言葉が甦ってゆくのを眺めながら
私の土壌は果てしなく広がり
私の骨が言葉に喰入ってゆくのを見送ろう
そして
言葉と骨が溶解して
純粋な風化を遂げ
私の墓の上で貝殻のようにちらばり
粛然と雨にうたれている
墳墓でありたい


1961年(昭和36年)作
皓星社「ハンセン病文学全集・7巻・詩の2」より

塔和子 1929年 愛媛県に生まれる。1943年に発病、大島青松園に入所。
詩誌「黄薔薇」「戯」「湖」同人、日本現代詩人会会員、1998年「記憶の川で」高見順賞受賞。

谷内さんが、この「墓」を、塔さんの詩にしては、観念的な感じがすると言われるのは、

  どんな所に置かれても光る言葉を
  首にかけて置きたい

  何時までたっても色あせない言葉を
  目の底にやきつけて置きたい
  長い長い時間の歴史の中で
  美しい風化を遂げた言葉の清潔さを
  耳に飾って置きたい


たくさんの詩を読んでおられる谷内さんには、この、上の連が、歌い文句的な感じがされたからではないでしょうか?
しかし、私には、たいへん、ひた向きな思い、言葉への希求が、いきいきと胸に迫ってきます。塔さんの文学への情熱を強く感じました。
塔さんは、幼少の頃文学少女ではなかったと、療養所で結婚し、夫が歌を作る人だったから、自分も何か書いてみようと思って、始めたが、歌より自然に詩の方に進んだと、映画の中で、邂逅して話しておられた。
夫と切磋琢磨して、言葉を磨いてゆかれたらしい。
この作品は、全集の中で、塔さんの詩の最初に載っているのですから、最も初期の作品なのでしょう。
塔さんの、文学へ目覚め、その後の詩作へ突き進まれる、情熱の迸りがこの連にあり、まず、私はそこにこころを捉えられました。
この連は、何度読みかえしても、美しい。

    私の言葉の墓だ

さて、突如として出てきた「墓」であるが、最後の行に「墳墓」とあるので、この墓も、墳墓を、盛り土をした墓を、イメージしてよいのだと思う。
いまの私には、「墓」はそれほど身近なものではない。死の後に来るものであるし、それはまだ遠いことで、冷たいイメージを抱く。
しかし、塔さんにとって、墓はそうであったのだろうか?
この詩を作られた昭和36年は、ハンセン病の治療が進んでいたとはいえ、当時の療養所内では、いつも、死が隣にあったのではないだろうか。日常的に身近に死者が出る、明日は我が身という思いをもって生きているのでしょう、、墓は、いつでも意識の中に常にあったのだと思います。
塔さんの、その当時の様子が、映画「風の舞」に映っていましたが、詩を作られる姿勢が、机でなくて、うつ伏せに寝て、詩を書いておられました。
長時間そうした姿勢でいれば、「このまま死んだら・・・墳墓」、というイメージが塔さんに自然に湧いてくるのも、分かるような気がするのですが、如何でしょうか?

  私の血と肉をくぐって
  言葉が甦ってゆくのを眺めながら
  私の土壌は果てしなく広がり
  私の骨が言葉に喰入ってゆくのを見送ろう
  そして
  言葉と骨が溶解して
  純粋な風化を遂げ
  私の墓の上で貝殻のようにちらばり
  粛然と雨にうたれている
  墳墓でありたい


大地の中から感受して作り上げた、美しい言葉、色あせない言葉、清潔な言葉を自分のからだに入れて、もう一度、自分の言葉に作り直したいのだ。
そして、言葉という、大きな、すそ野を広げた大地になりたいのだ。
「眺めながら」、「果てしなく広がり」、「「見送ろう」、「貝殻のようにちらばり」、「雨にうたれている」、これらの言葉の目の視線がとても低いと思う。ここにも、塔さんがうつ伏せて詩を作られる目の視線を感じる。
「墓」ということに眼目を置いて読めば、死後に自分の言葉、作品が永遠のいのちを持って光って欲しいという願いを込めた詩と言う事になるだろうが、どうもそういうことではないのではないだろうか。
塔さんにとって、「墳墓」は今の自分自身であり、大地に臥して詩を作り、言葉の美しい貝殻を散らして、雨にうたれて光っていたい。それが塔さんの願いなのである。
「墳墓」は塔さんの肉体感覚、それを潜り抜けて詩を作る、確かな創作の態度である。
詩によって、自分自身を昇華させたい、ハンセン病を患い、身体的な、女の、外形の容姿の美しさを奪われていった作者だけに、美しいものに昇華したい、そのこころが哀しく、美しく、心打たれるものである。


最後に、感想を寄せてくださったCleopatra's Needleの文章を添付します。
とても具体的に深く踏み込んで鑑賞されているので、とても参考になります。

>村井しゅう様

紹介して頂いた塔和子さんの詩への感想です。

「私の言葉の墓だ」というのは、別の詩のタイトルのような外観をしていますが、原本ではどうなっているのでしょうか?

私自身は、ここで紹介された詩を、二つの独立の詩としてではなく、いうなれば、一つの詩の中に、入れ子のようにもう一つの詩があるような複合的な構成を持った詩として、読ませて頂きました。

一つの詩として観る場合、「墓」の最初の七行と、次の字下げした

「私の言葉の墓だ」

という行は、そのまま繋がっているのではなく、その行間には緊張を孕んだ断絶があると思いました。「耳に飾っておきたい」までは、言うなれば詩の言葉の永遠性へ向けられた祈り、「色あせない」言葉を身につけたいという祈りです。この詩は次の「私の言葉の墓だ」で大きく転調しているように思います。

「私の言葉の墓だ」−これは、前節で言われた「美しく風化を遂げたことば」が、「血と肉」を通して苦しみながら私が書いた「言葉」に他ならないと云うこと。もうそれは、生きている自分を飾る言葉ではなくて、死後、自分の墓を飾る言葉となるだろう、という意味の大きな転換があります。しかし、それと同時に、どこか、今の自分の身を飾りたいと願う「純粋な」言葉が、そのまま自分の墓において、生きている自分の血と肉ではなく、死後の自分の墓に於いて自分の骨とひとつになるであろう言葉なのだという発見ーそれがこの詩のテーマなのだと思いました。

この詩の結びは、「墳墓でありたい」ですから、そのまま読めば、自分の死後、自分の作品の言葉が、よけいな虚飾をすべて洗い流した純一な言葉となって人々に読み継がれることを念う詩ということになりますが、じつは、この祈りは、未来に向けられていると云うよりは、作者の現在に直接向けられていると感じました。

「私の言葉の墓だ」という一行には、主語が欠落していますが、もしそれをあえて補うとすれば、

「(生きている今の自分自身が)私の言葉の墓なのだ」

という事実への気づきなのだと思いました。


         
             屋久杉の着生





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