小泉雅二、「枯葉の童謡」
枯葉の童話

たそがれ
うつくしいという男がいる
死ぬほどの恋
したいという少女がいる
神聖な
魔術師ばかりの街

ある日
街路樹に
ロードショーの切符が二枚
ひらめき
異様な口笛が鳴る
女の
好きな季節は


さてそれから
もえる 顔 顔 顔
キャンプ・ファイヤー
森はおとぎの国
パンを焼く楽しそうな女
愛は
一生涯結婚したくない


忘れられた家
おやじ
一晩中舟べりたたき
おふくろ
野良仕事につくろいもの
腕白
今日も店頭のガラス破る

スペードの女王舞い
街路樹 おとぎの森 忘れられた家
みんな衣替えはじめる
魔術師たち
わずかしぶ面つくり
また につとわらう

彼らの呪文
まわれまわれメリーゴーランド
娘の心が雲から落ちる
たそがれ
うつくしいという男
死ぬほどの恋
したいという少女
みんな みんな
衣替えしよう

    皓星社「ハンセン病文学全集6、詩の1」より


小泉雅二 (1933〜1969)
広島県生まれ。1948年7月9日、工業学校を中退して長島愛生園に入所。1955年ごろより詩作、詩誌「杭」をつくる。その後、長島詩話会、「青い実」「乾漠」などに参加。その後活発に詩活動をする。1967年失明。1969年慢性腎炎、尿毒症にて死去。
詩集「枯葉の童話」長島詩話会1959)、「白い内部で」(裸形の会1962)、「小泉雅二詩集」(現代詩工房1971)

小泉雅二は36年の短い生涯であったらしい。
それにしても、詩的才能のすばらしいものを持っていた方ではないだろうか。
わたしは、ハンセン病の小説や、随筆を読んできたので、療養所というところがどんなに窮屈な厳しい環境にあったか、ということを、少しは理解していると思う。
その療養所の環境にあって、これだけ、詩の感性の領域を広げられるものか、その豊かな感性が、すばらしいと思って感銘しました。
この詩は、

  たそがれ
  うつくしいという男がいる
  死ぬほどの恋
  したいという少女がいる


この節が、最初と最期にリフレインされている。
ひたすらに愛を欲しているのであろう男と女の視線が、交わらない、交わろうとしない、哀しい、淋しい詩なのだろうとおもった。
この詩には、ストーリーがある。
男と女は、「街路樹」のところで出会い、「おとぎの森」の暮らしを始め、「忘れられた家」になる。
その、どこの時にも女は振り向かない?・・・・
「衣替えしよう」はどんな意味があるのだろうか?
魔術師たちが、呪文をかけて、季節を演出しているのだから、少し、衣替えして、気分を変えてみたらどうか。
気分を変えて、少しお互いを見てご覧なさい、というものだろうと思った。
男と女の間には、こうした、夢見る夢子さんではないけれど、互いに遠くを見ていることがあるのではないか。

  たそがれ
  死ぬほどの恋
  神聖な
  ある日
  ひらめき
  女の
  冬
  愛は
  恋
  おやじ
  おふくろ
  腕白

これらの短い言葉が、読む者の、心理の襞にぴたぴたと畳み込んで、膨らんでいく、広ありもあり、濡れた情感ではない、乾いた叙情、タイトルの「枯葉の童話」、「童話」にふさわしい、魅力的な詩だと思う。


          
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