.高野岩次郎 「鏡」
  鏡

柱にかけてある小さな鏡に
顔がひとつ写っていた
近寄って見ると
それは私の顔だった
脹れた瞼
歪んだ唇
僅かに残っている睫毛や髯も
みんな私のものばかりだ
何ひとつとして他人のものはない
誇張もせず謙遜もせず
そのまま写している鏡を見ているうちに
私は鏡が欲しくなって来た
歪んだ唇は歪んだままに写している
この小さな鏡のように
心を写せる鏡が欲しかった
心のうちでどんなに感謝していても
表現できなければなんにもならない
 有難う
と云って見ても
口先ばかりと思われてしまえばそれまでだ
こんな時
言葉は頼りにならないから
こころのうちを写して見せる
鏡が私は欲しかった


  皓星社「ハンセン病文学全集 6 詩の1」より


高野岩次郎  (1913,8,15〜1987,9,5)
群馬県生まれ。1957年8月2日、栗生楽泉園に入所。  


「顔」と言う詩は、
暗喩が埋め込まれた詩では無いので、詩の心は掴みやすいと思います。
作者は、「有難う」という言葉をしっかりと伝えたい人がいるのですね。
そのために、自分のこころをくっきりと写して見せれるような鏡が欲しいと言っているのです。

脹れた瞼
歪んだ唇
僅かに残っている睫毛や髯も
みんな私のものばかりだ
何ひとつとして他人のものはない
誇張もせず謙遜もせず
そのまま写している鏡を見ているうちに
私は鏡が欲しくなって来た
歪んだ唇は歪んだままに写している
この小さな鏡のように


鏡に写っている自分の顔が、整った美しい顔では無い。ハンセン病の後遺症のある顔を写している鏡であるだけに、ありのままを写して見せたいという思いが、深く、強烈に読むものに訴えかけてきます。
とても、感動的な詩です。
高野が、こんなにも「有難う」を言いたい相手は誰なのでしょうか?
高野は、44歳で栗生楽泉園に入所しています。
これは私の想像ですが、高野には、妻子がいたのではないでしょうか。
社会に妻子を残して、ひとり療養所に入所してきた。
妻子が、自分の病気のために、どんな偏見と差別を社会で受けているか、そして、妻が経済的に、子供たちの生活を支えてゆくことがいかに困難であるか、高野はそれらを良く知って、分かっているのでしょう。

心を写せる鏡が欲しかった

鏡が私は欲しかった


「欲しかった」、過去形です。
高野が、「有難う」を言いたかったのは、妻に言いたかったのではないだろうか。
そして、言えないまま、妻は亡くなってしまったのではないだろうか。
一言、高野は、しっかりと妻に「有難う」を言いたかった・・・・
言葉は平明ですが、高野の慟哭が聞こえてきそうな感じがします。



             
               雲を映したビルディング



        
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