芦谷美彦、「或る事」
   或る事

人を知らない
静かな水面に私は小石を蹴り込んだ
別に不思議な事実ではありません
三十年という年月が
この波紋です

それは
律儀な面持ちのままで静けさに吸れます
波紋はゆれます
音のない場所に
私は静けさを知らないと

すべてはもとの像が恋しい
それは
おちつきのない意志をしのばせて
言葉にならないのです

波紋はゆれてゆきます
人の心にふれてゆきます
沈んだ小石は昨日の体積です

   
   皓星社「ハンセン病文学全集 6 詩の1」より

芦谷美彦 (1925年〜 )
大阪府生まれ。1947年長島愛生園に入所。在園中は詩話会に属し、詩作を続けた。1965年頃社会復帰。


人を知らない

人が「人を知らない」とはどういうことなのだろうか思う。
この「或る事」という詩は、心象の綾なのでしょうか、どのように解釈をしたらよいのか難しいですね。私の、読みをこころみに書いてみたいと思います。

静かな水面に私は小石を蹴り込んだ
別に不思議な事実ではありません

三十年という年月が


この詩は、1957年長島愛生園合同詩集に収められているので、作者が30歳頃なので、「三十年」は作者の年齢でしょう。

この波紋です

自分の歳月が、石を蹴り込んだ水面の波紋だ言っている。
不思議な事実ではありません」と言っているのですが、わざわざそう言われると、「静かな水面に私は小石を蹴り込んだ」という行為は、だれでもする行為であるだけに、特別なものなのかと、反って、こころに留まります。
30年の歳月が波紋だと言うのは、なにかとても静かで、孤独な比喩ですね。

それは
律儀な面持ちのままで静けさに吸れます
波紋はゆれます
音のない場所に
私は静けさを知らないと



波紋の流れを「律儀な面持ち」とは、上手い形容です。誰が石を水面に蹴り入れても、波紋は起きます。その波紋はしっとりと広がり、律儀、そう律儀に見えます。
芦谷はこの「波紋」のような静けさに惹かれているのではないでしょうか。
石が水面の落ちたポチャッという音を中心に、静かな四方に、波紋は広がります。
ハンセン病という事実も、この波紋のような静けさで、受け止めたいという願望が底にあるのではないでしょうか。


すべてはもとの像が恋しい
それは
おちつきのない意志をしのばせて
言葉にならないのです



波紋は音の無い静けさにむかって広がる。
波紋の果ては、もとの滑らかな水面の世界。
水面のような静けさが欲しいと、芦屋は思うのでしょう。


波紋はゆれてゆきます
人の心にふれてゆきます



波紋は無言の意志をしのばせて果てるのである。
果てるまで・・・・、波紋はゆれてゆく。
そして、その波紋は、やっぱり、人の心にふれてゆくのだ。
人のこころに触れてやがて静かになるのだ。
波紋のようなこころで人と接してゆきたい、自分がハンセン病であることはそっとこころに忍ばせて・・・


沈んだ小石は昨日の体積です

石は芦谷の悩んだ痕跡、過去は振り返らず沈めておこう。

作品に沿って、このように読みました。
ハンセン病の方はどなたも一度は死を考えると聞いている。
芦屋はそういうところから、自分の生を見つめたのではないだろうか。
水面の波紋のように無言で生きよう、そして波紋のように人と触れ合いたい、静かな決意を詠んだ詩という風に思いました。
波紋のように人と触れ合う、静かで、広やかで、いいですね。私も、そんな触れ合いをこれからは心がけてゆきたいと思います。


               
                 水面(不忍池)




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