今更と言わないで下さい

レプラになつて
いま更勉強してどうする気かと言わないで下さい
地位や名声が欲しいのではありません
己の無智が恐しいのです
人並の智識が欲しいのです

レプラになって
今更読書してどうする気かと言わないで下さい
偉大な思想や永遠の真理を探究しているのではありません
書籍は孤独な私を慰めてくれる唯一の友なのです
恋人のように好きなのです
人生の真実にでもふれれば望外の喜びなのです

レプラになつて
今更詩を書いてどうする気かと言わないで下さい
他人様の賞賛を得たいのではありません
自らの生の確証が得たいからです
醜い自画像を描いているだけです
秀作が生まれる筈はないのです

             (1956・5)

山本巌(桜井学)(1926年11月3日〜  )
愛媛県生まれ。1942年7月広島逓信講習所を卒業し、下関電信局に勤務。1944年海軍に入隊、1950年8月大島青松園入所。
「ハンセン病文学全集・6・詩の1」(皓星社)より。


大変に共感した。
私にも、こういう同じ気持ちがある。

特に、
   今更詩を書いてどうする気かと言わないで下さい

わたしなら、詩ではなく、俳句なのだが、同じ気持ちである。
今更俳句を詠んで、どうなることか、特別な文才がある分けではない、中年になって始めて人に秀でるようなことがあるとは思われない、がしかし、ただ、こころの憂さを少しでも晴らせればと始めた俳句である。

   他人様の賞賛を得たいのではありません
   自らの生の確証が得たいからです
   醜い自画像を描いているだけです

   
まったく同感・・・、人は私をどのように見ているか知らないが、自分の俳句が書けれていればそれで良いと思っている。人の賞賛は私にはあくまでも二次的なものである。自分をしっかり表現できて、それが、人に賞賛されれば、それはそれでたいへんにうれしいことである。
しかし、まず、自己の表出である。
私も、「醜い自画像」晒す時もある。
俳句の場合は軽みが大切である。
山本も、川柳の作家らしいから、俳句より一層軽く、自分を表出するのであろう。
この「輕ろ味」なかなかたいへんなのである。いつでも、自分を客観的に見ている余裕がなくてはならない。現実に溺れていては、自己表現は出来ない。

   秀作が生まれる筈はないのです

これは、諦観ではない、山本が書くのは「醜い自画像」それだから、「秀作が生まれる筈はないのです」と言っているのだ。山本には自分を晒すこと以外に表現の目的はないのであろう。だから、人の言う「秀作」には関心がないということなのだと思う。
「秀作が生まれるない筈がない」と言っても、表現を疎かにするものではない。

   己の無智が恐しいのです
   人並の智識が欲しいのです


この行が語るように、人並の、知識を持って表現はしたいと、私も思うのです。知識欲も食欲とおなじように、にんげんに備わった本能的欲求なのではないだろうか。
しっかりとした表現を、身に備わりたいと思うのである。
「レプラになって」という前提で、詩が書かれている、山本巌にとって、自己表現は私よりはるかに痛切なる思いかも知れないが、ほんとうは、レプラに関係がないことだと思う。
北條民雄よりずっと以前から、療養所では、文学に熱心であった。苦難の境遇を文学に書くことで慰めてきたのである。東條耿一は、負担の文学、義務の文学であると言った。

現實はわれわれ人間に對して益々負担を過重し、偉大なる義務を要求してゐる。人間は生れ乍らにして負担を輕くする義務をもつてゐる。宇宙は負担に滿ちてゐる。われわれは義務の哲學、義務の思想、義務の行動を採らねばならない。私の詩作は負担である義務である。

東條は、ハンセン病である負担を軽くするために、義務として、詩を書くのだといっている。療養所の文学は、この点でとても活発であったし、大きな意味があったと思う。
しかし、文学は、負担を軽くする義務としての文学だけではないだろう。表現を楽しむ、感性を遊ばせる、芸術性の領域を高める、そうしたことも文学の楽しみである。
文学を愛する一人として、東條にも、また、山本にも、その楽しみも充分に享受して欲しいと思う。東條は、それをなしえず、昭和17年9月4日に、神のみの世界に入り亡くなった。私は、それがとても悲しい。


     
                    雪の朝





           
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山本巌、「今更と言わないで下さい」

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