「祝福」のMについて
風見さんの小説の中に、「祝福」という、平成4年「火山地帯」90号掲載の作品があります。
平成8年に「らい予防法」が廃止されている、その廃止より4年前の作品であり、らい予防法施行当時の作品という点で、大変に興味深いです。
この小説を書いたあと、風見さんの関心は、ペンから筆へ、絵画へと心が移って行ったようです。
小説のあらすじは、
平成の青年が、入社試験に落ちた翌朝に、ハンセン病を発病するのです。
青年は、家族や恋人と賑やかに送別会をしてもらって、療養所へ診察と、治療に行きます。
療養所の医師から、通院治療を勧められるが、青年は就職にも失敗をしているので、ここでしばらく「人生のマイナスを生きてみたい」と、入院を希望するのです。
そのことから、この青年は、「シンジンルイ」という綽名が付いて、以後、年老いた患者に(患者はみんな年寄りばかり)そう親しみを持って呼ばれます。
そのうち、恋人もやってきて、若い二人は、大勢の患者にもみくちゃにされながら、歓迎されて、療養生活が始まる。
と、言うストーリーです。
この、小説では、風見さんの療養生活50年の思いが集約された形で、いろいろな人(患者とか、元園長)が、「シンジンルイ」さんに語っているように思います。
それにしても、「祝福」とは、いかにも大胆な発想です。療養所の誰もそんな発想は出来ないでしょう。風見さんの懐の深さがよく顕れていると思います。しかし、この作品は「ハンセン病文学全集」に納められませんでした。そのことが、とても、残念です。
さて、「祝福」の中から、風見さんの境地をすこしずつ見ていきたいと思います。

*    *    *    *

M園はそそりたつ岩の上に、空へつきぬけるような威容で建っていた。
車から降りてぼくは岩と同じ色をしたMの建物を仰ぎ見ながら、これはバベルの塔だ、と感動の声をあげていた。
Mは円錐形の巨大な構築物で、天空へつきぬけることを目ざして建築されたらしい建物の先端は、ぼっきり折れたように、鋭い線を空につきたてていた。そのほかにも建物のあちこちに弾痕のような痕が見えていた。
齧りかけのとうもろこしをたてたような、ある種の滑稽さを感じさせるMの形ではあったが、それはやはり見る者の心に圧倒的な驚きをもたらさずにはいなかった。無数にひらいた窓は光を反射してきらめき、破壊されたとみえる部分からは、内部をめぐっている廻廊と、患者や白衣を着た人間が廻廊を行き来する姿がみえていた。
・ ・・・・・
「御見学ですか」
道路のかたわらに車をとめてたばこを吸っていた僕は、背後からそう声をかけられた。ふり向くと銀髪を肩のあたりまで垂らした、小奇麗な身なりの老人が杖を地面につきたてて立っていた。
「はあ」と僕は反射的にこたえて、紫煙をふかく吸った。
・ ・・・・・・
「しかしずいぶん大きくて変わった建物ですね」とぼくは感嘆を表していった。
「あなたはあの建物を見たとき何を思いましたか」
「いつか画集で見たバベルの塔のようだと思いました」
「そうですか。それは正解かもしれません。設計者もおそらくバベルの塔を念頭において、このような建造物を考えたのでしょう。だが、Mはまだ建設途上でね。建物の先端のあのこわれたようにみえる部分、あれはこわれたのではなくて、未完成部分ですよ。いまでは永遠に未完成となったといっていいでしょう」
・ ・・・・・・・
老人の説明では百年ほど前にMは、国内からL病を絶滅させるために建設されたらしかった。Lの治療薬が発見されない当時のことで、関係者たちはLにかかった病人を隔離することがL病を撲滅させる唯一の方法と考え、病人を見つけてはMにつれてきて、室を一つずつ増やして、それを塔の形に造り上げてきたのだという。関係者の計算では塔ははるか雲の上へのびるはずだったらしい。
「Mの先端が未完成のままになったのは、いまから40年ほどまえにLの特効薬というものが発見され、国民の衛生思想の向上や環境の改善などによって、Lを発病する者が減少して、増えつづけるだけだった患者が、こんどは減少の一途をたどるようになったことが原因なのです。塔を高く築くより壊さなければならない時代になってしまった。ちょうど虫食いのように塔が随所で崩れているようにみえるのは、退園したり死亡した患者の室をつぎつぎこわして行った跡でね。未完成部分とこわされた部分を負うたこの塔が建設途上にあるというのは、Mが建設された意味そのものによっているのだね。Lの絶滅され尽くしたとき、初めて建設が終わったことになると言ってもいいかも知れん」
老人は杖にもたれかかるようにして、静かにいった。
「建設は破壊と同時に進行するということでしょうか。なにか逆立ちして風景をみるような感じですね」といってぼくは老人と別れ、車にのった。

*    *     *     *

この小説のMは、療養所の建物として、らい予防法、ならびに、療養所を、暗喩に表現していると解してよいと思います。
「らい予防法」が廃止され、その後、裁判で、昭和40年以降の、そのらい予防法自身が違憲であったということになりました。
ところで、Mはバベルの塔のようなものであるという、この小説の考え方は、皆様、どう思われますでしょうか。



バベルの塔は、ブリューゲルの絵(↑)にありますが、「実現の可能性のない架空的な計画。」という意味に使われます。(広辞苑)
らいを撲滅するという大義名分で、明治以来、療養所に隔離する政策を進めてきましたが、特にそれを強烈に厳しく「絶対隔離」を推進したのが光田健輔園長だったわけだけれど、それは、ノルウェーのゆるい条件付隔離で大きな効果上げた先例があり、、日本の絶対隔離に意味がなかったことを証明している事実があります。

未完成部分とこわされた部分を負うたこの塔が建設途上にあるというのは、Mが建設された意味そのものによっているのだね。

この「建設された意味」というのは、このことを差しているのではないでしょうか。風見さんは、冷静にものを分析されるので、こうした矛盾を踏まえて、「未完成部分とこわされた部分を負うたこの塔」という表現で表されているものと思います。

Lの絶滅され尽くしたとき、初めて建設が終わったことになると言ってもいいかも知れん

ハンセン病患者が一人もいなくなったとき、らい予防法は終わり、療養所もその施設の役割を終える、それが、当時の患者と行政の暗黙の了承だったのでしょう。
風見さんが、この「祝福」を書かれるときには、「らい予防法」が廃止になるとは思ってもみなかったでしょうし、また、その後、「らい予防法」が違憲であったという判決が出て、療養所のあり方が大きく変わるそんな事態が来るとは、予想しなかったことでしょう。
大きな変化が、療養所に起きている、園の中で個人個人意識のずれもあるようだ。大きな動揺が沈静化して、静かなよい環境になり、風見さんがこれからも、文筆活動をされることを、私は願っています。


Mは円錐形の巨大な構築物で、天空へつきぬけることを目ざして建築されたらしい建物の先端は、ぼっきり折れたように、鋭い線を空につきたてていた。そのほかにも建物のあちこちに弾痕のような痕が見えていた。

それにしても、Mを表現している部分ですが、すごい異形ですね。
巨大な構築物、ぼっきり折れたように鋭い線、弾痕・・・それらはらい狩りなど強硬な隔離、不当な労働、悪い園内環境、重監房、特別病室、堕胎などらい予防法下の忌まわしい歴史を物語っているように思います。
ただ、風見さんはその後に、

   『ある種の滑稽さを感じさせるMの形ではあった

と書いています。
Mの異形さが滑稽?
どういう立場で見ているのでしょうか?
おどろくほど、ご自身を諧謔的に俯瞰されておられるのではないかと思いますし、その精神のありどころに感銘します。
風見さんの「諧謔的俯瞰」は、東條耿一の詩に通じていると、いま、私は思います。


        
            大隈半島の石像



    
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