かなしい(うつわ)

 

ベランダに洗濯物が春の日を返し電車の音が届きくる

()られしものばかり買う金銭感覚われのどこかが冷めてゆくらん

ささやかな再就職の充足につり革の車窓日脚伸びたり

ジョッキングのシャツを剥ぎとりずっしりと汗の重みに満ち足りている

花過ぎの木々にみどりの濃くなるとききまってぽかんと淋しくなりぬ

一匹になりたる金魚が水槽をひろく泳ぎぬ頬杖の先

反抗の子が母の日にくれしメッセージはひらがな多く誤字のありつも

視野のなかに紋白蝶が舞入りて雨後の庭草耀きてをり

焦燥のいつしか沈み上澄みを汲みあげる如く銀婚を迎う

ふるさとは桃にありける皮剥いてかぶりつきたり母の乳房ぞ

 

沈黙を退屈だという人と居て障りない話題(こと)に励みて疲れし

不思議なる夢から醒めて湯剥きされた赤いトマトはシロップに漬かる

賢治の詩「雨ニモマケズ」亡母(はは)の文もカタカナ文字ですごく哀しい

教条的にひとにもの言う職業に慣れてひそかに育ちゆく自立

うす闇の師走の車窓に疲れたる貌昂ぶりし貌の並びて

装いても吾が指齢の露わなる夢見ることも恋も遠くあり

相棒さんもうへこまないよ“はらみった”屈伸するように言葉を返す

降りいでて冬の夜雨の玻璃越しにたわめるように想い出す人

シングルで病気もしたし子はいない沖縄からのとおい親友(とも)の声

こころとはある日溢れし幸せもすぐ空になるこまった器

 

もの言いしあとの侘びしさもの言わぬ異物感などストレス多しも

紺碧に吸われるような梅雨明けのその夜に白い洋服を直す

身のうちに針の刺される神経ありそうと遠くに卯の花が咲く

いつの日も吾を見ている母の顔静かにかたい寒の入りかな

療園の少女舎名残の廃屋にむらさき匂う花大根咲く

花八つ手がリビングの窓に(もた)げいるアロマセラピー的白い毬の束

読む本のいくつもあるも睡魔来てきょうを捨てるよう布団に潜り込む

擂り鉢をこぐよう無数の鳩が舞う静かな谷戸の霞立つ空

ひととせの見納めすみし花径をゆくりなく寄れば花は雲めく

日の落ちてそら色残す上空に付箋のような冬の月あり